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鶏さばき
人によっては残酷と思われる表現があるかもしれません
注意してお読みください












今日は人に頼まれて
久々に、鶏をさばいた






初めて、自分で鶏を絞めて解体したのは20歳のとき

大学のサークルでだった



僕が入っていたサークル「農業交流ネットワーク」では

学園祭のとき、廃卵鶏
(年をとって卵の殻が大きく薄くなったり、産卵率が落ちたりして処分される鶏)
を買ってきて、それを自分たちでさばき、焼き鳥やカレーにしたりして販売するのだ


鶏の絞め方は、人によっていろいろあるが
そのときの絞め方は、1人が鶏をしっかり抱えてて、もう1人が包丁でその首を落とす
という方法だった(今の自分は,木の枝などに鶏をぶら下げて頚動脈を切るという方法。
これだとわりと暴れずに絞めれます)


意を決して、1人が鶏の首に包丁を入れる
しかし、なかなか切り落とせない
暴れる鶏を1人は必死に抑える
ようやっと、首を切り落とす
しかし、すぐには死なず暴れる鶏
それを抑える
だんだんと動きが弱まり...
やがて、静かになる




そのとき受けた衝撃は、小さいものではなかった



いのちを頂く   ということ...






大学卒業後、ぼくは京都府南丹市美山町にある田歌舎というところで
研修生として働かせてもらうことになる
そこでは‘仕事’として、鶏さばきをする機会がときどきあり
鶏をさばく事は、自分にとって『特別なこと』ではなくなった 




そして、今日の鶏さばき...
僕はフツウに鶏をさばいた    と思う





そして、その夜、何気なく読んでいた雑誌の一文を読んでドキっとした

 あらゆるものは、そこに来るまでの状況を記憶している。
 その記憶と一緒に人間は食べたり飲んだり吸ったりして自分のものにしているわけ。
 宝石もそうだし、鶏肉だってそうだよ。殺されたときの記憶と一緒に食べるわけだよ。

 中略

 本当にそれを好きな人が作ったものが一番美味しいわけだよ。
 作った人の色々のものが、そこに入るから。

 中略

 誰が、どこで作ったのか。
 きちっと考えて食べているか、身にまとっているかどうかが、その人の人生に影響を与えてくる。




自分は鶏にちゃんと感謝して絞めただろうか?

不安になった

食べた人が幸せになれるような、さばき方をしただろうか?






せめて料理する人が心を込めて料理してくれますように


食べる人が感謝して食べてくれますように














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生き物 | 23:06:29 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
先日はお世話になりました。
鶏への思いは時間差で込み上げ、涙してしまいました(笑)

小さくても家族として過ごした鶏の命をいただくことを大切にしながら、毎日少しずつ身体にとりこんでいます。

任せてください。
我が家にある残りの鶏の命も美味しくしてみせます!!

その時は声かけますので、待っててね。
2011-12-08 木 21:45:37 | URL | saki [編集]
sakiさん、こんにちは
そうなんですねー
僕はまだ自分で養った鶏をさばいたことはないので
その気持ちはまだわからないですねぇ
またもし、お声がかかる機会があれば、丁寧にさばきたいと思います
2011-12-11 日 15:15:24 | URL | よーへー [編集]
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